地理探検ハイキングポイント

ハンヒキヴィの片岩ゾーン

ハンヒキヴィ半島を造る岩盤は、ハンヒキヴィ元来の約5平方キロメートルに及ぶ礫岩の片岩ゾーンで出来ています。比較的厚さのある礫岩の大部分は、激しく片岩と化した、火山性もしくは準火山性の石片です。半島を構成する片岩ゾーンは海の底へと続き、そこで斑れい岩閃緑岩と変わります。岬の海岸に広がる岩場で、その様子を是非ご覧下さい!

全国有数の岩場

ハンヒキヴィ半島には、218,8ヘクタールに及ぶ岩場があります。この岩場は自然保護及び景観保護の見地からも国内有数の重要値域と言えます。この岩場は地質学的に非常に重要であり、景観的に重要であります。

巨大石!

海岸沿いの森の真ん中に立ちはだかる、直径6mもある巨大なハンヒキヴィ岩。先代の人々は、こんなに大きな石は、悪魔か鬼か、もしくは巨人以外ここに運ぶことはできなかったはずだ、と考えていました。

海面が低くなり、地上が現れるようになると、周辺の景色は変わり、人々の世代は代わりましたが、石だけはいつも変わらず同じ場所に座り続けています。 写真は1900年代初期のハンヒキヴィの姿です。 写真:プロ・ハンヒキヴィ アーカイブス

海面が低くなり、地上が現れるようになると、周辺の景色は変わり、人々の世代は代わりましたが、石だけはいつも変わらず同じ場所に座り続けています。
写真は1900年代初期のハンヒキヴィの姿です。
写真:プロ・ハンヒキヴィ アーカイブス

近年は迷子石についてよく知られるようになりました。氷河期には氷河がその移動とともに岩の一部を運んでいたのです。時にそれは長距離にも及び、地球が氷河に覆われていた時代の記憶を恒久的に残しました。

ある言い伝えでは、何百年も昔、海岸線がまだずっと東にあった頃、ガン(フィンランド語でhanhi ハンヒ)が渡りの途中である巨大な迷子石の上に巣を作りました。その石はいつの頃からかハンヒキヴィ(キヴィkivi はフィンランド語で゛石゛の意)と呼ばれるようになりました。

パフキナサーリ島の平和境界線となった石

西暦1323年、スウェーデンとノヴゴロド(当時のロシアの一都市)は、平和条約(パフキナサーリ島平和条約)を結びました。この条約では初めてフィンランドに東側国境が定められました。その物議を醸した国境はラヤヨキ河からカンナスを分割しながら抜け、北西に向かいボスニア湾岸へと続きました。この時の北側境界の目印となったのがこのハンヒキヴィ岩でした。ハンヒキヴィ岩は古代遺跡であり、歴史的には国境の目印となった重要ポイントであります。